大言壮語の国
2008-05-20


バーバラ・エーレンライクというアメリカの著名なジャーナリスト、社会評論家がいる。彼女が、自ら単純労働を経験しながら、アメリカの単純労働者たちのワーキング・プアーの実態を描いた「ニッケルアンドダイムド」(東洋経済新報社発行)は、全米でミリオンセラーとなり、日本でも発売当初多少話題になった。

「ニッケルアンドダイムド」を読んだ印象からいうと、彼女は、私が中流アメリカ人のなかに感じる最良のもの――好奇心が旺盛で、前向きで、ユーモアがあり、何事に対しても体験してから考え、簡単には信じない精神、そして健全なる批判精神――を持ち合わせている。彼女は古きよきアメリカの良心と知性の声でもある。

その彼女が、今度は、アメリカの中流階級、ホワイトカラーの厳しい就職事情を、やはり自らが就職活動をするという経験をしながら、取材して書いたのが、「捨てられるホワイトカラー」(東洋経済新報社発行)である。

まず、最初に多くのページを使って書かれていることが、就職のためのコーチングと、就職ネットワーキングの話で、それらは、アメリカで転職を志す人たちが、最初に足を踏み入れる場所になっているらしい。

その転職のためのコーチングの中味が、中々興味深い。

自分の業績、実績をテンコモリにして書く履歴書の書き方に始まって、自分の性格分析、前向きで明るい人を演じるためのイメージ訓練、「勝者の振る舞い」を身に付ける練習、服装、化粧のための講座、自分を売り込むためのスピーチ訓練等、アメリカの就職事情をあまりよく知らなかった私には、「自分を売り込むために、ここまでやるか!」という感じである。

そして、高いお金を払っていくつかのコーチングを受けながら、同時に全米各地で開かれている様々な就職ネットワーキングに参加する。ネットワーキングの目的は、そこに参加して、有力な情報やコネを得たり、コーチングで教わった「自分を高く売りこむ」技術を試したりすることである。

しかし、それだけお金と時間とエネルギーを使っても、著者も含めて、ほとんどの人が何ヶ月たっても、望む職を手に入れることができない。絶望しながら、失望しながら、コーチングとネットワーキングの間を、さ迷い歩く人々の姿を、著者は、前著同様、共感とユーモアをもって描いている。

私が本書を読んで一番強く感じたことは、アメリカという国全体が、「自分を常により高く売り込まなければ、いけない」という思考に、徹底的にマインドコントロールされているということだ。多くのアメリカ人の心には、「自分を常により高く売りこむこと」=「自分を他人よりも、よりよく見せること」=「キャリアと年収と地位の向上」=「人生の成功」という図式が、インプットされている。

そのため、アメリカ人は、あらゆることにおいて、常に自分を実際よりもよく見せなければいけない、という強力な圧力にさらされ、人々は全体として、大言壮語の傾向がある。つまり、自分のあるがままの本当の実力・性格が、1だとしたら、それを常に言葉や態度で、2倍とか3倍に飾り立てる人たちが非常に多い。日本風に言えば、やたら「押しが強い」人たちが多いということだ。

しかし、不思議なことに、私が経験してきたことからみると、キャリアだ、年収だと、アメリカ人たちが騒ぐわりには、平均的アメリカ人の仕事の質と能率は、少なくとも平均的日本人に比べると、おそろしく悪い。なぜか、簡単なこと(と平均的日本人なら思えること)が、きちんと短時間ですまない場合が多いのだ。

若い頃、アメリカに住んだ頃から、これが、長年アメリカという国について、私がいだいてきた一つの疑問だった。なぜ、ビジネスの先進国、ポジティブ思考(大言壮語を、よい表現で言えばこうなる)の盛んな国の国民が、簡単な仕事一つ、スムーズに短時間にできないのかと。

その答えを、私は本書の中に見出だしたような気がする。


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[社会]

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