「字幕屋の気になる日本語」
2016-12-13


以前、字幕翻訳家の太田直子さんの著書、「字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ」 (光文社)  をこのブログで紹介したことがある。
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その太田さんのことだが、最近、今年出た彼女の新刊「字幕屋の気になる日本語」(新日本出版社)を読んで驚いた。それは「遺稿集」なのだ。太田さんは今年の初めに亡くなられたのだ。1959年生まれ。享年56歳。
 
その前の著書、「字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記」(岩波書店)を読んでもう一つ驚いたことがある。この本には、映画字幕を作るプロセスが1から10まで丁寧に説明してあり、字幕を作っているときの彼女の1週間の日誌まで掲載されている。

それによれば、映画の字幕翻訳は、仕事を受注してから終わるまでが約2週間、翻訳に当てる時間がそのうちの1週間と超スピードの世界なのだ。同じく外国語を日本語にする仕事であっても、本の翻訳の仕事は、翻訳を開始してから、本が出るまでトータルで数年の期間がかかるのとは、大違いである。

そしてその2週間は、少し寝て、食べる時間を除いたすべての時間が仕事に費やされる。太田さんは典型的な夜型の人であったようで、ほとんど毎日朝方まで仕事をしている。

こういう生活を20代から数十年続けてきて、最近は、エッセイ書き、講演、翻訳学校での講師の仕事でも多忙であった様子が本からはうかがえる。

その生活スタイルと多忙さだけでもかなりのストレスを想像するが、それに加えて、字幕業界の現実から、一般の人たちの日本語の使い方まで、彼女の憂いと怒りがエッセイにはあふれている。言葉に対するこだわりが半端ではなく、しかも律儀で、色々のことに気遣いし、正義感の強い方なんだと思う。

便乗するならカネ送れ」(「字幕屋の気になる日本語」)というタイトルの文章の中で、 字幕の仕事を発注するクライアントに、 「若く優秀な字幕翻訳者を安く使いつぶさないように 」お願いまでしている。映画業界も相当なブラック業界のようである。彼女自身は、名声も実力もあるので、ちゃんとした報酬をもらっていたのだろうけど、若い世代の字幕翻訳家の現状、そしてこれからの字幕文化 の行く末を心から案じて、エッセイの中で異例のお願いである。こいう憂いや怒りも彼女の命を縮める原因となったのかもしれない。
 
私も人生でたった一度、ほんの数か月間の間だけだったけど、彼女と同じくらい働いたことがある。ちょうど40代から50代になる境目の頃だ。食べる時間と寝る時間以外一日十数時間、パソコンに張り付いて仕事をした。私の場合は、他から請け負った仕事ではなく、自分で作り出した状況だったので、誰のせいでもなかったのだが、毎晩真夜中に胃の痛みで目が覚め、もしそのとき医者に行って診てもらったら、胃潰瘍の一つか二つ、ガン細胞の一個か二個くらいできていたかもしれないと思う。


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